【訃報】森英恵氏

【訃報】森英恵氏

世界的なファッションデザイナーの森英恵氏が8月11日に亡くなられました。96歳でした。心よりご冥福をお祈りいたします。

1951年に新宿で洋裁店「ひよしや」を創業したことを皮切りに、森氏は1965年にニューヨークへ、その後ヨーロッパへ進出。そして1977年には東洋出身のデザイナーとして初めてパリ・オートクチュール組合への加入を認められました。活躍した分野は多岐に亘り、オペラやバレエ、演劇等の舞台衣裳も多くデザインしています。

そして、森氏がキャリアの初期に膨大な数の映画衣裳を手掛けていたことが、最近特に注目されています。日活が1954年に映画製作を再開して最初に公開した2本のうち『かくて夢あり』(千葉泰樹監督)の衣裳は、森氏が関わったもっとも初期のうちの1本であり、その他『風船』(川島雄三監督)や『陽のあたる坂道』(田坂具隆監督)等も。そして1956年に公開された『太陽の季節』(古川卓巳監督)と『狂った果実』(中平康監督)で、長門裕之、津川雅彦、石原裕次郎等が着こなした森氏によるアロハシャツはセンセーションを巻き起こし、当時街にはアロハシャツを着用した男性陣が多く見られたそうです。

森氏が手掛けた衣裳は日活作品に留まりません。松竹では、小津安二郎監督による1957年から62年までの5作品(『東京暮色』、『秋日和』、『秋刀魚の味』等)に関わった一方、大島渚監督や篠田正浩監督といったいわゆる「松竹ヌーヴェルヴァーグ」作品の女性衣裳も同じ頃に担当しました。また、岡田茉莉子の衣裳を長く担当した点も見逃せません。

歌謡界では、美空ひばりのとりわけ晩年10年において、ステージ衣裳を担当しています。1988年の東京ドーム公演「不死鳥コンサート」で着用したドレスは特に広く知られており、現在それらは東映太秦映画村の京都太秦美空ひばり座(11月に再開予定)に展示されています。

コクリコをイメージした真紅のドレス。
京都太秦美空ひばり座 展示コーナーより(※10/31まで休館中)。

 

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