映画図書室オープンまでの経緯

映画図書室オープンまでの経緯

2020年7月1日にオープンしたばかりの当図書室ですが、ありがたいことにすでに多くの方にご利用いただいております。コロナ禍の情勢下ではありますが、みなさまの調べ物や研究調査にどうぞお役立てください。

今回のニューズレターでは、東映太秦映画村・映画図書室の成り立ちについて簡単にご説明します。

映画図書室には、総計20万点以上におよぶ映画関係資料が所蔵されています(ポスター約3万点、スチール写真10万点以上、プレスシート3万点以上、台本約1万5千点、書籍約7千点、映像ソフト約5千点をなど)。なぜ映画村がこれほど膨大な資料を所有しているのか、不思議に思われる方もおられることでしょう。

映画図書室の母体である東映太秦映画村は、東映京都撮影所のオープンセットを転用した文化施設として1975年にオープンしました。映画産業の斜陽化が進み、日本映画全体が危機の時代を迎えるなか、東映が講じた打開策のひとつが映画村でした。

当時、太秦地区には東映京都撮影所のほかに大映京都撮影所、松竹京都撮影所がありましたが、大映は1971年に倒産し、松竹京都撮影所は1965年にいったん閉鎖されています。業界全体が苦境にあえぐなか、東映京都撮影所は映画村の成功によって生き延びることができました。

映画村は開村当初から「日本映画の文化資産の保存、継承、発展」という理念を掲げていました。単にテーマパークとしての機能を追求するだけでなく、「映画の灯を絶やすな!」を合言葉に、日本映画再興の日に備えて映画関連資料の収集・所蔵・展示にも力を入れてきたのです。

資料は一般からの寄贈にくわえて、閉館した映画館や映画会社の関西支社、そのほか映画関係団体からの提供を受け入れてきました。映画倫理機構(映倫)からは審査済みのポスター、台本、スチル写真の提供を受けています(現在は年間200冊程度の台本のみ)。

1978年には村内に「映画資料館」(現扮装写真館)がオープンします。1階を展示スペース、2階を資料収蔵庫として使用していました。1985年には「映像文化センター」がオープンし、映画資料館に所蔵されていた資料はここに移されます。

その後、映像文化センターが解体されると、台本や書籍・雑誌は旧映画資料館2階に戻され、ポスターやスチル写真は映画文化館3階に移されました。往時は最大で11名いた資料管理のための専従スタッフもやがて1〜2名程度に減少し、2018年11月末日にはついに専従者が0になります。

所蔵資料(映画文化遺産)の管理および活用方法については映画村も頭を悩ませてきました。そのような折に、2018年度の文化庁委託事業「アーカイブ中核拠点形成モデル事業」(撮影所等における映画関連の非フィルム資料)の対象に映画村が選ばれ、事業を受託したVIPO(映像産業振興機構)による資料調査が開始されます。映画図書室のデータベースは、この一連の調査に基づいて構築されました。

また、同じ2018年度には京都大学大学院人間・環境学研究科の木下千花准教授(当時)による研究プロジェクト「東映京都撮影所資料を基盤とした日本映画史研究の国際的拠点形成」(京大SPIRITS 2018)が始まり、映画研究を専門とする京大院生の参加も得て資料調査と整理、アーカイヴ化が進められます。この過程で、旧映画資料館2階に所蔵されていた台本や書籍等の資料もすべて現在の映画図書室に移されました。

VIPOや京都大学と協力して行なった資料調査は、特別展やセミナー&シンポジウムの実施につながっていきます。このような流れのなかで、東映としても映画関連資料の継承およびいっそうの利活用を促進するべく、2019年4月に経営戦略部アーカイブ・スクワッドを立ち上げます。これによって社内調整がより円滑に進むようになり、短期間で図書室オープンへの道筋をつけることができました。

東映太秦映画村・映画図書室は、こうした産官学協働事業の成果にして精華なのです。

 

【関連サイト】

平成30年度文化庁委託事業「アーカイブ中核拠点形成モデル事業」(撮影所等における映画関連の非フィルム資料)報告書

「東映京都撮影所資料を基盤とした日本映画史研究の国際的拠点形成」成果と今後の展望