2026年8月11日から、東京・京橋の国立映画アーカイブにて展覧会「没後70年 映画監督 溝口健二」が開かれます。本展覧会では溝口健二の業績や映画製作の過程、溝口組のスタッフ逹が遺した貴重資料が紹介されます。ならびに同館では10月27日から第39回東京国際映画祭(TIFF)との共催企画による特集上映「TIFF/NFAJクラシックス 没後70年 映画監督 溝口健二」も行われます。

溝口健二(1898-1956)といえば、『浪華悲歌』(1936年)や『祇園の姉妹』(1936年)、『残菊物語』(1939年)、『西鶴一代女』(1952年)、『雨月物語』(1953年)、『近松物語』(1954年)、『赤線地帯』(1956年)など戦前から戦後にわたり、数々の名作を日活や松竹、大映などの撮影所で手掛けた日本映画屈指の巨匠です。とりわけ山田五十鈴、田中絹代、香川京子、京マチ子、若尾文子など、昭和の大女優らとともに、封建的な日本社会に対する鋭い批判を描いたことでもよく知られています。また国際的な評価も高く、1950年代にはヴェネツィア国際映画祭で作品が3年連続受賞したほか、ジャン=リュック・ゴダールやジャック・リベット、エリック・ロメールなどヌーヴェル・ヴァーグの作家のほか、世界中の様々な映画作家に影響を及ぼしました。
溝口健二の演出の特徴は端的に「ネバり」という語で表すことができるでしょう。その評伝のなかではしばしば神経質で頑固な気性が指摘されているように、撮影の際は、クレーンを駆使した長回しを特徴とする綿密なキャメラワークから、徹底した歴史考証、セット、衣装、小道具、音楽に至るまであらゆる演出を粘りこだわったことが語られています。長年、脚本家として溝口とタッグを組んできた依田義賢でさえ、溝口から脚本のダメ出しを受けることが頻繁にあり、俳優に対しても、台詞の言い回しや演技のやり直しを指示することが多く、しばしばリハーサルは長時間に及んだと言われています。もちろん、こうした溝口の仕事には、依田をはじめとする脚本家や俳優のほかにも、撮影の宮川一夫、美術の水谷浩、音楽の早坂文雄、黛敏郎ら名だたるスタッフによる尽力が必要不可欠であったことは忘れてはならないでしょう。

さらに、こうした溝口の粘り強い演出の特徴は、溝口の作品世界そのものとも重なる部分があります。こだわり抜かれた格調の高い画面とは裏腹に、描かれる人間模様はしばしば、深い執念や、激しい怒り、官能性といった強い情念を携えたものとなっています。こうした作家性を映画評論家の津村秀夫は「人間情慾を描いても、残虐を描いても特異なネバネバした感覚を見せる日本では稀有の監督である」と評しました(「溝口健二論」『キネマ旬報』1954年1月上旬号)。以上のような溝口健二と彼を取り巻く溝口組の仕事への執念、およびその深い芸術世界を知るうえで、今回の展覧会・特別上映はこの上ない好機となることでしょう。

この度、東映太秦映画村・映画図書室は貴重な『武蔵野夫人』B2ポスター、宮川一夫氏の「カット尻ノート」、撮影助手・田中省三氏の「撮影シート」や「撮影台本」、早坂文雄氏の日記「Diary 1954」などを展示しています。そして京都の同室では戦前の代表作『浪華悲歌』から、遺作の『赤線地帯』までの脚本や関連資料を所蔵しています。
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(川原琉暉)


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