ミツヨ・ワダ・マルシアーノ編『映像アーカイブ・スタディーズ』法政大学出版局、2025年
2025年1月に、法政大学出版局からミツヨ・ワダ・マルシアーノ編『映像アーカイブ・スタディーズ』が出版されました。映画図書室スタッフの國永孟は、第13章「配信における価値の選択」を執筆しています。本書は、科研プロジェクト「デジタル映画のアーカイブの未来研究」が行った5年間にわたる研究の成果で、23人の研究者による24の論考が収められています。一見すると小難しい学術研究書のような印象を与えますが、本書が対象とするのは、映像アーカイブの実践に携わる人だけでなく、これからアーカイブ研究を学ぼうとする学生や、広く映像に関心のある一般読者まで多岐にわたります。

もう少し詳しく内容を見ていきましょう。本書は5つのパートから成っています。
第1部 映像アーカイブの現状
第2部 国内を見つめる
第3部 国外を眺める
第4部 他メディアの場合
第5部 周辺化されたシネマ
執筆者に名を連ねるのはアーカイブ研究者のみならず、哲学者や法学者、メディア研究者に映画研究者と様々で、それぞれの専門的な知見から映像アーカイブについて多角的に考察しています。まず第1部は、そもそもアーカイブとは何か、具体的に何をしているところなのかを検討するところから始まります。続く第2部・3部では、日本と海外の映像アーカイブをとりあげ、国立映画アーカイブや地域映像アーカイブなどの来歴、現状を紹介しています。そして第4部では、映画の枠組みをこえて、テレビやアニメ、インターネットの領域に視野を広げることで、映像の保存に対する価値観が異なるメディアによっていかに違うのかを検討しています。最後の第5部では、映画でありながら、従来公的なアーカイブによる収集・保存の対象になりにくかったホーム・ムーヴィーやブルー・フィルムといったジャンルをとりあげ、あらためてアーカイブの意義を振り返り、未来のあるべき姿を模索しています。
これまでにも、映画アーカイブについて日本語で読める文献はいくつかありました。
・石原香絵『日本におけるフィルム・アーカイブ活動史』美学出版、2018年。
・岡田秀則『映画という《物体X》-フィルム・アーカイブの眼で見た映画-』立東舎、2016年。
・辻泰明『映像アーカイブ論-記録と記憶が照射する未来-』大学教育出版、2020年。
・パオロ・ケルキ・ウザイ『無声映画入門-調査、研究、キュレーターシップ-』石原香絵訳、美学出版、2023年。
とくに岡田氏と石原氏の著書は、映像アーカイブについて勉強したいと思った際にまず手に取るべき本でしょう。岡田氏は、自身が国立映画アーカイブ(旧東京国立近代美術館フィルムセンター)に勤めることで得た経験を踏まえて、スクリーンや画面上のイメージだけでなく、物質としてのフィルムに目を向けるように一般読者を促します。そして、石原氏は、日本では未整備の映画保存教育をアメリカで受けた経歴を生かし、日本における映画保存の歴史を学術的に明らかにしています。この度出版された『映像アーカイブ・スタディーズ』は、2人の研究では取りこぼされていた法整備の問題や、テレビ局におけるアーカイブの現状なども扱っており、本書を通してより網羅的に映像アーカイブについて知ることができます。

最後に、東映太秦映画村図書室もまた、映画に関する資料を収集・保存してきたアーカイブ機関のひとつです。本書の第6章には、京都大学の木下千花教授による「撮影所システムとアーカイブ」という論考も収められています。非常に残念なことに、日本でもアメリカでも、多くの場合、映画は一度劇場公開されると、再映されずに廃棄される運命を辿ってきました。それが、テレビの普及によって、テレビ放映のための劇場用旧作に対する需要が高まったことで、撮影所の持つ映画ライブラリに価値が見いだされたわけです。オンライン配信によって、映画をいつでもどこからでも見られるようになった現在では、コンテンツを提供する撮影所アーカイブの重要性はより一層高まっています。とはいえ、図書室で保存する資料はいわゆる「ノンフィルム資料」がほとんどです。ですが、近年、これらの資料も二次利用の需要が高まっています。そのため、映画図書室では所蔵資料のデジタル化を進めています。

本書は、映画をとりまく資料をいかにアーカイブし、未来に受け継いでいくのかを考えるための視点をいくつも提供してくれます。研究者だけでなく、普段から映像制作に携わっているけれど、毎日扱う素材に価値があるなんて思ってもみなかった、という方たちに是非手にとっていただきたい一冊です。
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(國永孟)