[追悼] 仲代達矢氏

俳優の仲代達矢氏が、11月8日に亡くなりました。92歳でした。謹んで哀悼の意を表明いたします。

仲代氏は、1952年に俳優座の養成所に合格し、俳優としてのキャリアを歩み始めました。

1956年の『火の鳥』で本格的に映画デビューを果たしましたが、その公開時にはすでに、「仲代という新劇界の有望な新人が映画に出る」という触れ込みがあったようです。(『日本映画俳優全史 男優編』146頁)1959年には、小林正樹監督による合計9時間30分にも及ぶ超大作『人間の條件』シリーズで主演を務めます。

雑誌『映画芸術』1958年12月号、1959年12月号 には、『人間の條件』の第一部・第二部のシナリオが掲載されています。ページを開いてみると、作品のポスターが挿入されています。「全映画界瞠目のうちに」や、「最高配役を揃えて」などの力強い文言を通じて、松竹製作(提携に独立プロのにんじんくらぶ)ながらも軽妙な大船調とはまるで違う、ダイナミズムや荒々しさがアピールされています。さらにそこに主演として堂々とクレジットされている仲代氏が、デビューして数年足らずですでに大きな期待を背負っていたことも窺えます。

佐藤忠男は、仲代氏が演ずる梶を「日本映画の生んだもっとも悲愴で堂々たるヒーロー」と評していますが(『日本映画史 第3巻』、27頁)、仲代氏はその後のキャリアでも、かつての日本映画界には見られなかったような強烈な存在感を発揮します。

やはり黒澤明監督の作品群での演技が記憶に残っている方々も多いでしょう。「黒沢組」という言葉を嫌がり、新人俳優を登用することに積極的だった黒澤監督は、『用心棒』ではピストルを持ったニヒルなやくざ役で仲代氏を始めて起用します。(『黒澤明(上)その人間研究』、248頁)周知の通り黒澤監督と仲代氏のタッグはその後も続き、『椿三十郎』では三船敏郎相手に血飛沫溢れる壮絶な決闘を披露、『天国と地獄』では誘拐犯を追いつめる冷酷な警部を演じました。1980年代まで続き、『影武者』では勝新太郎に代わって主演を務め、シェイクスピアの『リア王』を下敷きにした『乱』では鬼気迫る演技を見せました。

また1975年からはパートナーの宮崎恭子氏と俳優養成所の無名塾を創設し、役所広司ら実力のある俳優を数多く輩出したことから「劇団の東大」とも呼ばれました。このように仲代氏は映画界で活躍しながらも演劇にもこだわり続け、映画会社の専属俳優となることはありませんでした。そのためにむしろ五社協定に縛られることなく、多くの名作に出演することができた俳優として考えることもできるでしょう。

大映の『人斬り』(1969)以降仲代氏と五社英雄監督とのコンビが始まります。二人はその後、『雲霧仁左衛門』(1974)や『闇の狩人』(1978)など松竹と俳優座が共同で池波正太郎の原作を製作する企画で監督・主演を務めました。

そして東映と仲代氏との関わりにおいて外すことができない、『鬼龍院花子の生涯』(1982)『北の螢』(1984)などが生まれました。『鬼龍院花子の生涯』の台本の冒頭に記された製作意図を見てみると、最後の一文に「仲代ー五社コンビでダイナミズム溢れる娯楽大作としたい」という文言があります。

当時すでに撮影所時代が終わりを迎え、映画事業の在り方を模索していた東映が、仲代氏と五社監督の映画ならではの迫力や力強さに新たな可能性を見出していたことが窺えます。『鬼龍院花子の生涯』と言えば、もちろん夏目雅子をはじめとする女優陣の素晴しい演技が印象的ですが、仲代達矢ー五社英雄コンビの仕事としても見直すことができる作品でしょう。

また東映で長年記録を務めた田中美佐江さんには、『北の螢』の撮影終了時に仲代氏から直筆のイラストとサインが送られました。この一枚の色紙に仲代氏の画才のみならず、その人柄も垣間見えるようです。

本稿を執筆するにあたり仲代達矢氏のキャリアを振り返ると、その幅広さと歴史的意義の深さに驚きます。例えば仲代氏は、山本薩夫監督の『華麗なる一族』(1974)『金環蝕』(1975)『不毛地帯』(1976)などに出演しています。戦時中の日本軍の大陸侵攻を描いた『人間の條件』シリーズにも出演すれば、戦後日本の政界・財界に鋭く切り込む山本監督の作品群にも出演する。この一点にも、仲代氏の俳優としての稀有な立ち位置が表れています。

生前最後の仕事は、2025年5月から6月にかけて能登半島地震復興支援として能登で上演された『肝っ玉おっ母とその子どもたち』での主演でした。

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(角田哲史)